父親になったわけだから、考え方も改めようと思った。

というのも、昔から役所関連の手続きが死んだほうがマシなほど嫌いなのである。ただ、息子が生まれた後に必要な手続きは盛りだくさんで、そのたびに高層ビルから飛び降りて死ぬのも肩が凝って仕方がない。

そこで、そもそもどうして嫌いなのかを考えてみることにした。すると、どうやら手続き書類などに出てくる無数の独特な用語たちが、わたしのちっぽけな堪忍袋を押しつぶしている原因らしいことが分かってきた。

たとえば、「出生届」を区役所に提出するときでさえも「なにがいまさら『出生』だ。かれこれ10か月近くも、一緒に過ごしているわい」などと、見当違いな文句をつけたくなってしまう。

 
人の親として、こんなことではいけない。
もっと、前向きに人生を楽しまなければ。

 
さっそく、「児童手当」の手続きの際に「監護」なる単語が現れた。「監督し保護する」との意味らしい。いかにもな仰々しい言葉遣いに「うへぇ」という反吐をランチに食べた半生の唐揚げと一緒にぶちまけてやりたくなる衝動をおさえ、その意味を調べてみると「監護権」なるものが見つかり、ウィキペディアを開く。

監護権(かんごけん)とは、親権の本質である。保護者の未成年者に対する権利として、民法で規定され(民法820条)、刑法で保護されているが、同時に監護権は義務であり、監護を怠った結果、その保護する子女の身体・生命・安全に危険が生じた場合、保護責任者遺棄罪で処罰されることがある。
 
監護権 – Wikipedia

なるほど。子育ては「義務」であると同時に「権利」でもあるのか。

ついつい、「おしっこ、おむつ、おっぱい、うんち、おむつ、おしっこ、おむつ、おっぱい、うんち、おむつ」の無限連鎖に巻きこまれた真夜中なんかには「義務」のイメージに支配されてしまいそうになりがちだけど、息子に「誰のおかげで子育てできてると思ってるんだ」と一喝されたような気がして、独特な用語もなかなか味わい深く思えてくる。

 
他にも、「健康保険被扶養者(異動)届」なる申請書にて、生まれたばかりの息子の「職業」を記入する欄があった。「なにをわけわからんことぬかしとんねん」と食道を再び勢いよく逆流しはじめた半生の唐揚げをおさえて調べてみると、「職業欄には乳児と記入せよ」との情報が見つかる。

なるほど。乳児も立派な仕事なのか。

ついつい、「朝から晩まで呑んだくれていられるなんて平和でいいなあ」などとお乳が香る息子の寝顔をうらやましそうに眺めてしがいがちだけど、彼は土日も祝日もなく働いているわけで、息子に「乳児も楽じゃないんだぞ」と一喝されたような気がして、これまた味わい深い。

 
結局、嫌いなものなんてのは、自分の考え方次第で、どうにでも面白くなるのかもしれない。そんなことを教えられた気がした。そう。気はしたのだが、心のどこかしらから「うるせえ、ほっとけ、うるせえ」と、それこそ乳児にも笑われてしまうほどにジタバタと泣きわめく声が聞こえ、その教えをどうしても受けいれようとはしてくれない。

父親になっただけで、考え方も改まると思ったら大間違いである。

 

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