息子は、約37cmというわたし譲りの大きな頭のせいで、40時間を超える陣痛の果てに生まれてきた。そして、今はもう治ってきているが、生まれてまもなく、「吸引分娩による頭血腫(とうけっしゅ)がある」と医者に告げられた。

その瞬間、「頭血腫」という言葉の持つ恐ろしい響きに目の前が暗くなったのだが、そんなわたしの様子に気づいたのか「まあ、たんこぶみたいなもんですよ」と医者が言いかえてくれた。

 
目の前がパアッと明るくなった。

 
医者は、「頭血腫によるビリルビンという物質の増加により、新生児黄疸になっている」と続けた。「光線療法」が必要だという。息子をオムツだけの裸の状態にしてアイマスクを貼り、保育器の中で特殊な光線を24時間ほど皮膚に当て、ビリルビンを下げる治療法らしい。

その瞬間、「光線療法」という言葉の持つ恐ろしい響きに目の前が再び暗くなったのだが、「まあ、日光浴とか日焼けサロンみたいなものですよ」と医者がまたもや言いかえてくれた。

 
目の前がパアッと明るくなった。
生まれてすぐに日サロ通いとはおもしろい。

 
医学用語は、恐怖心を無駄に煽る。
だから、言いかえてみるといいのかもしれない。

早速、残りの「新生児黄疸」という言葉も、自分なりに別の表現を探してみることにした。「黄疸」と聞くと、これまた恐ろしいからだ。

そこで、赤ちゃんの皮膚や目やらが黄色くなる症状なわけだからズバリ、「黄ばみ」と言いかえるのはどうだろう。ちゃんと洗えばすぐに消えてなくなってくれそうな響きだし、いいじゃないか。

その後、本当にちょっとした「黄ばみ」のように症状が消えさってくれたのでよかったのだが、生まれたばかりの息子を「黄ばみ」などというウンコじみた言葉で表現するとはなんて低俗な父親なのだろうと不意に気づき、目の前が再び暗くなった。

 
目の前がパアッと明るくなることはなかった。

 

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