2018年6月6日(水)

朝4時半起きで品川へ。午前中は、とある開発会社でコーポレートスローガンの打ち合わせ。これまではオンライン会議だったが、実際に直接会って会社の雰囲気を感じてみると、ほぼほぼ固まってきていた現状のコピーよりもっと攻められるのではないかと感じた。なので、いったん今のコピーを思いきって捨て、改めて考えさせてもらうことに。これまで一緒に積みあげてきた作業をゼロに戻すのは正直、心が痛みもするけれど、まったくあたらしいコピーを書ける楽しみのほうが大きい。

午後は渋谷へ。作業場を探して街を歩いていたら例の「喫茶室」の看板が現れて衝撃を受けた。そうだ。東京には「ルノアール」があるんだった。そして、大阪にはルノアールがないことに今さらながら気づく。電源完備の懐かしい空間で、とあるメーカーのSNSキャンペーンのコピーを仕上げる。1,000本ほどのコピーを使用することになり、最初の100本の締め切りが今日だったので提出。短納期だったせいか、途中で自分がAIにでもなったかのような錯覚を覚えたけれど、最後の最後まで人間として抵抗してブラッシュアップする経験は興味深かった。

夕方からは、とあるUIデザインで最先端を突っ走っている企業へ。以前の職場の先輩と、表現するデザインではなく、ユーザーのデータや数値効果をもとに設計するデザインについて話す。その中で、「コピー」を「ライティング」するのではなく、「デザイン(設計)」する視点も大切なのではないかとの議題があがる。以前に、コピーライターの先輩と「コピーライターというかバーバルデザイナーだよね」みたいな話をしたことを思いだした。

夜は、株式会社一を立ちあげるきっかけになったDとKと三人で呑む。お互いの肩書きをどうするかという話になり、二人の自由な切り口に驚いた。せっかく会社をつくるのだから「コピーライター」という枠に縛られすぎる必要はないのだということに気づかされる。「東京にいるあいだになにかヒントをつかみたいところだな」としばらく言葉を発さずに考えこんでいたら、いつのまにかDが店から消えていて、そのまま戻ってこない。

仕方なくKと、東京にいるあいだ宿泊させてもらうDのマンションへ向けて、コンビニで買ったチューハイを片手に歩く。すると、Dから「あれ、いない。帰った?」とのメッセージが。こっちのセリフである。再び合流して、三人でDのマンションへ。そのままKも泊まることになり、なぜか『ストV』で黙々と対戦。しばらくすると、それぞれピアノを弾いたりサイトをつくったり将棋をやったりシャワーを浴びたりと、特に会話を交わすこともなく自由に過ごし、いつしか自分のタイミングで床で寝る。朝起きると、すでにKはおらず、わたしもパンツ姿で寝ているDを横目に部屋を出る。なんだか分からないが、とてもいい距離感だった。

2018年6月4日(月)

東京出張に備えて髪でも切るかと、いつもの美容院へ。美容師さんに話しかけられるのがどうしてもイヤで、サイレント美容室なるものがこの世に生まれるまでは妻に切ってもらおうと決めていたのだが、一言もしゃべりかけてこない稀少な美容師さんが大阪の京橋にいると聞きつけ、ここ最近は通っている。

「月曜の昼間だし空いているだろう。独立した特権かな」と調子に乗ってぬかしていたら、奥様方で大混雑しているらしく美容師さんも大慌て。いつもの半分くらいの時間でサクッと済まされて終了すると、鏡のまえにはなんだか亀の頭のようなわたしが座っている。カットの最中に目をつむり、「早く出せと言っておきながら、なかなかプレイをちゃんと始めない場末のヘルスみたいな案件ってよくあるよな」などと、卑猥な悲嘆に暮れていたバチでも当たったのだろうか。

まるで周囲から陰部を隠すかのように、四方八方より鏡を素早く当てながら「大丈夫でしょうか……?」と申し訳なさそうに美容師さんが仕上がりをたずねる。これ以上、奥様方に恥部を晒すわけにもいかず、「大丈夫です! 大丈夫です!」と連呼して即時退散。帰宅すると、妻が「なんだかイチョウみたいだね」と言う。ああ、なるほど。キトウじゃなくてイチョウか。それならいいね。韻も踏んでるし。なわけない。

さっそく、破廉恥に膨らむ両サイドの髪を妻にバリカンで刈ってもらうことに。「ひとまず、15ミリからいってみよう」と妻がバリカンを入れると、風呂場に「あっ」と短い叫び声が響いた。きっと良くないことが起きたんだろうなと思いつつ鏡を見ると、案の定、左サイドを5センチほど駆けぬけたバリカンに追いすがるように、わたしの頭皮が露わになっている。

どうやら、バリカン本体の目盛りは15ミリに合わせたものの、肝心の長さを調整するアタッチメントをつけわすれたままダイレクトに刈ってしまったらしい。「つまり、0ミリだね」とわたしが肩を落とすと、「ちゃんと前を向いて。取り返しのつかないことになるから」と妻がわたしの肩を叩く。「すでに取り返しのつかないことになっているじゃないか」と力なく笑うと、「周りを3ミリで刈りなおせばハゲてるところもなんとか隠せるかも」と言う。なるほど。ハゲ。

「いっそのこと、もう0ミリで両サイドとも刈っちゃっていいよ」とわたしがヤケになると、「両サイドともツルツルになっていいの?」と叱咤激励される。たしかに。両サイドだけ出家した半端な男が大都会東京で新たな案件を手にできるわけがない。どんな悲劇的な状況においても常に現実的な判断を冷静にできるところが妻のスゴいところだ。

結局、3ミリで両サイドを刈りなおすと、うまいこと僧侶的な部分が紛れてくれた。よく見ると出家している感じはちょっぴり透けてしまうけれど、それはそれで御利益があっていいかもしれない。どうか、素敵な案件に恵まれますように。

2018年6月2日(土)

朝起きると、右足に激痛が走り、まともに歩けなかった。よく見れば、親指にトゲが。安らかに寝ているあいだに右足の親指にトゲが刺さるだなんて事象がこの世に起きえるだろうか。

「まさか」と思いながら妻の顔を見るも、特にいつもと変わった様子はない。試しに「右足の親指にトゲが刺さっているみたい」と告げると、血相を変えて薬箱から針を取ってきてくれた。「やはり、妻の仕業ではなさそうだな」とホッとしつつ、針の先でトゲをつついて取ると、激しい痛みもウソのように消えた。

討ちとったトゲをさらし首のように手のひらにのせてやると、目を細めなければ見えないほどにちいさい。「こんなちっぽけな異物のせいで前に進めなくなるくらい人間は脆い生き物なのだから、自分とは異なる価値観も受けいれて生きていこうだなんてのはきれいごとにすぎないんだろうな」と確信した。

まあ、そんなことは「ひゃくいちさんってコピーライターっぽくないですよね。いや、良い意味で、良い意味で。それはそれでアリだなと僕は思ってますけどね」と蟻を見下ろすように嗤う、コピーライターの輝かしき王道をゆく若きコピーライターたちの目を見れば一目瞭然である。

ただ、異物たちが集まってひとつのコミュニティのようなものを築くことができれば、そこでは異物も異物ではなくなるのかもしれない。たとえば、コピーライターっぽくないコピーライターたちによる、「東京コピーライターズクラブ」ならぬ「東京コピーライターっぽくないズクラブ」である。

そんなクソの足しにもならないようなことを考えながら、開いたままにしていた手のひらを再び見やると、さっきのトゲも呆れたようにどこかへ消えていて、右足の親指がまたズキズキと痛みはじめた。

2018年6月1日(金)

株式会社一の新名刺が刷りあがった。紙質は問題なし。ただ、文字が細すぎて読みづらかったので、もう少し太めのバージョンを朝から再入稿。来週の東京出張までには間にあいそうだ。

ひとまず、名刺の文字をレイアウトしてくれた元同僚のデザイナーに謝礼金を届けることに。そのまま現金を渡すのもなんだか他人行儀でイヤだったので、封筒に「謝礼」ではなく「恩赦」と書いておいたのだが、まったく気づかれずに喜ばれてしまった。

昼過ぎまで、とある東京の開発会社のコーポレートメッセージを書く。本日が締め切りだったが、最後の最後まで細部の言いまわしを推敲。特に、個人的には「どうしても」といった事情がない限りは用いたくないエクスクラメーションマークを使うべきかどうかで悩む。結果として、納得のいくものを提出できた。

夕方からは、今後の案件に関する打ち合わせのために株式会社人間へ。昨日付けで退職した会社に今日もいるというのは妙な気もしたが、思ったよりも多くの依頼をいただけてありがたかった。お返しに、保険証やらオフィスの鍵などを返却すると、「オフィスに置きわすれた三輪車を持って帰ってくれ」と言う。今月で1歳になるわたしの息子へ同社の代表から譲りうけた三輪車である。

ありがたく頂戴したものの思ったよりも巨大で、自宅まで運ぶ手段がないと遅ればせながら気づき、そっと放置しておいたのだ。きっと、タクシーにも入らないだろう。ギリギリ押しこめたとしても、「めんどくせえ客に当たっちまったな」という運転手の視線に晒されながら、不機嫌そうに跳ねあがっていく料金メーターの勢いをじっと堪えるためにわたしは生まれてきたわけじゃない。

オフィスから自宅までの道のりは、大阪城公園を横切れば5kmほど。「まあ、途中でコンビニへ寄って、缶チューハイでも片手にのんびり押して歩けば、あっという間かもな」とも思ったのだが、コンビニに三輪車を颯爽と横づけして、タカラ焼酎ハイボールを買っていく男など見たことがあるだろうか。

仮に、くまのプーさん柄の三輪車を店員に横目で見られながら「20歳以上ですか?」との痛烈な皮肉にもめげることなく「はい」と力強くボタンを押しとおせたとしても、夜の大阪城公園で誰も乗っていない三輪車をロング缶片手にほろ酔い加減で押しながら歩いておいて、そのまま無事に起訴されることなく帰宅できる自信がない。

だから、今日もオフィスに三輪車を置きわすれることにした。これからも毎回、置きわすれよう。