2018年6月21日(木)

最近は、自宅の作業部屋で仕事をしている。

ちょっと集中力が切れたときにはリビングへ行けば、家族がいる。これまでだったら無意味なネットサーフィンでもして気分転換をしていた時間を家族と過ごせるようになったことは、とても大きい変化のひとつだ。

リラックスできているせいか、アイデアやコピーも浮かびやすくなり、仕事にも良い影響が出ているのを感じている。1歳になる息子が「パパ」と口にした瞬間も見逃すことなく見届けられた。人生から不本意な時間がなくなったような気がしている。無目的に延々と続くような会議に貴重な人生の時間を蝕まれることもない。人生をムダにしている場合ではない歳に差しかかった今、やはり自分で会社をつくるという選択肢は悪くなかったのかもしれない。まあ、今後、その考えがどう変わっていくかはまだ分からないけれど。

特に大きな変化といえば、「ごはん」と「うんち」という対極にあるはずのひらがな三文字の距離感が急速に縮まったことだと思う。

昼飯も夕飯も自宅のリビングで食べられるようになると、息子も「ごはんのお供でもしますかな」といったような感じで隣に寄ってくるようになった。そして、さっそくウンウンと唸りはじめるのである。

妻が「ごはんにする? うんちにする?」と、今まで生きてきて一度も聞いたことがない組みあわせの究極の選択を息子に問いかけるも、息子は耳を貸すことなく、さらに激しい唸り声を上げ、そのド迫力からは想像もつかないなんともかわいい音で、うんちをプリプリと漏らす。まさに、最高のごはんのお供である。

実際、その音も臭いも愛らしすぎて、なんだか生命力にも似た食欲さえ湧いてくる。妻が息子のおむつを替えてくれながら、「あ、トロトロふわふわだよ♩」などと食リボならぬ糞リボをしてくれて、わたしも「いいねえ、トロふわかあ♩」などと嬉しそうに答えながら、さらにごはんがすすむ。もしかしたら、スカトロ変態野郎としての潜在的な素質が、息子により開眼してしまったのかもしれない。